恋煩い



 上に乗って見下ろすといつも以上に興奮する。

跨いで圧し掛かる俺の身体のすぐ下で上下する腹筋だとか、当たり前だけど全然動じてない強い視線だとか、 下にいるのは自分だというのに見下すように持上げられる顎に興奮する。

あの驚異的な強さを持った肉体を今自分が組み敷いているのだという事実に興奮する。

 性的なそれとはまた違った暗い欲望が、いや衝動が己の中に生まれるのに気付く。

実行は憚られるそれは理性が必死に抑えるのだが、この男相手ならば或いはやってしまっても構わないかも しれないとも思う。無事で済まないのは自分の方だろう。そんな妄想もまた愉悦。

「何だよ?」

「この状況でその質問はないでしょうよ」

「は、そりゃそうだ」

 いつまでも逸らされない目から逃げるように、俺は鷹村の首筋に顔を埋める。
髪やシャツで隠れるであろうギリギリの箇所を選んで痕を落としていく。時折強く噛むと頭上から文句が 降ってくる。引き剥がされないのを良いことに無視して行為を続けていく。ひっくり返されるかと思ったが 鷹村は大人しかった。物足りなさを感じて顔を上げると視線がぶつかった。 揺らぐことない強い光が俺を煽る。

「どうした?続けろよ」

「…抵抗しないんスか?」

「あァ?抵抗?…木村、キサマ何か勘違いしてるようだがな」

 肘を付き上体を持上げた鷹村が俺の前髪を掴む。
引っ張られて苦痛に呻くと、不敵な笑みが目の前にあった。唇が動く。

「キサマがやってんのは”ご奉仕”だ、主導権をやった覚えはないぜ。
おら、続けろよ。普段可愛がってやってんだから、たまには働いてもらわねぇとな」

 嘲るような低い声は反則だ。心臓が疼く。熱くなる。理性が働く前に口が動いていた。

「…油断してたんじゃねぇのか?」

「何?」

「コモノに簡単に乗っかられちまって。らしくないッスよ、世界王者」

 前髪の根元に強い痛みを感じ、次の瞬間には天井が見えていた。

「木村てめぇ、覚悟しとけよ」

 鷹村の笑った顔も映る。ぞくぞくと何かが背筋を走る。心が叫ぶ。 性的なものでなくしかしそれに酷似した欲望。妄想が脳を過る。あたまおかしいんじゃないかとおもう。 この男もオカシイが俺もどうかしている。
或いはこの男と関係を持ってどうにかなったのか。

 右を出していた。

 サディスティックな衝動の暴走。

 妄想の中で強い男に綺麗にヒットしたはずのフックは、現実にはあっさりと止められてしまっていた。 当たり前だ。

掴まれた手首は布団に縫い付けられ、俺は喉で笑い男は鼻で笑う。そのまま殴り返してくれれば良いものを、 鷹村は嘲笑いながら俺の胸に口付ける。突起を食まれて腰が跳ねた。足がシーツに皺を作る。

脳内では馬乗りになった自分が男を殴りまくっている。その意識の隅でなぐってくれりゃいいのにと繰り返す。

 尋常な精神は理性と共に吹き飛んで、その悪因となった男の腰に俺は脚を巻き付けた。

顎を逸らすと息と一緒に声が零れる。キモチワリィとキモチイイが混在してワケがわからなくなっていく。






 殴って殴って殴って滅茶苦茶にしたい衝動。
 殴られて罵倒されて乱暴に犯されたい欲求。

憧れたものを汚していくのは妙な虚しさと快感を齎してくれる。疑うべきは彼の行動でなく自分の頭だ。
愛を込めて罵詈雑言を吐き憎しみを忍ばせ甘え鳴く狂人じみた思考を。




誰か止めて欲しいと。






2006/05/04の日記より