木村の部屋にはたくさんのCDがある。本もある。 間柴の知っているものも幾らかあるがそれは本当に微量であり、彼の部屋を構築するそれらの要素の大部分は 間柴の知らない世界で出来ていた。 だからこの部屋は間柴にとっては異世界であり、部屋の主たる木村は謂わば異国人のようなものだった。 価値観だとか世界観だとか、そういったものの差異があるのかないのかすらわからない。 遠くにいたときも傍にいる今も掴み切れないのは彼の思考だ。己の立場だ。力関係だ。 曖昧で不安定な感覚はどうしようもなく間柴を苛立たせた。 だから間柴は、それはこの部屋を知る以前、件の試合の後から既にそうなのだけれども、間柴は木村が 嫌いだった。 彼の名は恐怖にも似た感情で以て間柴の脳裏に刻まれていた。 それ自体もまた許せない事象であり、 まるでメビウスの輪のようにぐるぐると、間柴の思惟は彼の元へと戻っていくのだ。 黒い髪が真っ白いシーツに拡がる。同配色の双眸が間柴を捉えて、笑んだ。 笑んだ。圧し掛かられ支配された体勢で、しかし彼はじわりと幸福の気配を滲ませていた。 「なァんだよ」 間柴に対する彼の口調はまるで小動物を前にした時のように優しい。見下しているというわけではない。 ただ優しい。その声を耳にする度に間柴は胸の内を柔らかく引っ掻かれたような、奇妙な痛痒感を覚えるのだ。 それもまた不快だ。 それ故に、間柴は彼を黙らせるべく唇を塞ぐ。 そこに一般人の思い描くような特別な意味などはなく、ただ気に食わないから煩いからわからないから 己は彼に口付けるのだと。らしくない言い訳に舌打ちしながら、間柴は深く深く木村の口腔を侵食する。 十分に酸素を奪ってから起き上がる。木村がもう終わりかというようなことを尋ねた。彼の髪はまだシーツに 張り付いていて、彼の唇はキスの余韻で赤く唾液に塗れて光っていた。間柴はじろりと彼を一瞥してベッドの 淵から立ち上がる。緩慢な動作で彼の首が間柴の動きを追っていた。 「……邪魔したな」 聞こえるか否かぎりぎりの声量で低く呟いて、間柴は異世界を後にした。 背後で彼が起き上がり呼び止めていたようだけれど、無視をした。奥深い異世界はあまりに居心地が良く、 本音を吐かぬ異国人はひどく柔らかく間柴を受け入れる。 呑み込まれそうな恐怖にも似た感情が、間柴の脳裏に彼の名を刻んでいた。 |
2006/06/08の日記より |