君想う



 持ち上げていた腕を下ろした。
重力に従うままそれはベッドへと沈み、無論のことその手に握られていた携帯電話も布団にのめり込む。

ストラップの一つも見当たらない無愛想な携帯は新品そのもので、しかし機種は新しいものではなかった。 綺麗なのは持ち主の使用頻度が極端に低いためだ。扱いは特別丁寧でも何でもない。

 宮田は携帯を握ったまま、仰向けに目を閉じていた。ただし眠っているのではない。

 彼が携帯を寝床にまで持ち込むのは、実は珍しいことではなかった。
だが使っているのかと言えばそうとも言い切れない。連絡を待っているのか。それも近いが正解には 満たなかった。

 宮田はしばらくその整った顔に長い睫毛の影を落としていたが、やがて不意に目を開くと再び腕を持ち上げ 携帯の操作を始めた。開かれたのはメール操作の画面だ。

 ほんの僅かな間淀みなく動いていた彼の長い指は、けれどすぐにその動作を止めてしまった。

数字やら文字やらの書かれたキーの上を逡巡するように親指が這う。

一文字打っては消し、またもう二文字打っては全てクリアしてしまう。宮田の眉根が寄り始めた。ふ、と 短い吐息と共に腕は落ち、またシーツの海へと沈む。漆黒の瞳が瞼に包まれる。

(木村さん)

 ぽつりと心中で呟いたのは、開かれたメール画面の宛先に指定された名だ。

 用件や伝えたいことがあったわけではない。
ただもう宮田は木村と一月近く顔を合わせていなくて、最後に電話で声を聞いたのが十日ほど前。

(本当は声が聞きたい)

 けれど用件もないのに電話をするような真似は、宮田には到底できそうになかった。

そこでメールをしてみようかと思ったのだが、言葉の媒介を音声から文字へと変えてみたところで 話題がないのに違いはなく、先程から何度も挑戦してみては玉砕している。

 いやそれは今始まったことではないのだ。
宮田が寝床に携帯を持ち込むのは、最近では珍しいことでも何でもない。

(宮田くんは不器用だね)

 何となく思い出すのは小学校の調理実習で同じ班だった女子に言われた台詞だ。

あの時は確か包丁の使い方がおかしいとかそんな話だったのだが、この頃になって木村に全く同じことを 言われた。ただしそれは会話の最中に突然言われたことだ。言われた直後は何のことかわからなかったが、 こうしていると、ああそういうことなんだなと痛いほど身に染みる。自分は不器用だ。

(でも)

 お前って案外不器用だよな。
そう揶揄した時の、彼の笑顔は悪くなかった。

 愛おしい者でも見るように細められた双眸は、どうしようもなく宮田の心臓を締め付けた。

思わずキスをしたら後で思い切り頭を引っ叩かれたのだが、照れて赤くなった彼の顔は宮田を満足させこそすれ 不機嫌にさせることはない。

 だから待つことしかできない自分に苛立ちはするけれども、宮田は自分の不器用さが嫌いではなかった。

(それにあの人は俺ほど不器用じゃない)

 それに宮田よりは寂しがりで。
先に連絡をくれるのはいつだって木村の方で、宮田は悪いと思いつつもそれに甘えている。

(だから本当は、待つことはそんなに苦でもない)

 目を閉じたまま想う。
電話の向こうの少し低い声。普段よりもやや掠れざらついて、どこか扇情的なそれ。

 宮田の長い指が包んだ携帯の淵をそっとなぞる。

応えるかのように、携帯が着信を伝え、小さく唸った。






息抜きに宮木をば。
連載(?)の鷹木はちょっとはストーリーになってますが、
普段はこんな感じのSSが主です。
ヤマもオチもイミもない。まさにヤヲイ。
ついでに恥かちぃというオプション付き。うきゃ★(猿)

いや、冗談はさて置きツマラナイもので失礼しました;