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黒猫の報復




 伊藤は屋上へと続く階段を上りながら、ぼんやりと未だ登校しない親友のことを考えた。ちなみに 今は四限目である。

 おそらく三橋は昼にきて午後から出るつもりなのだろう、と踏んだ伊藤は、退屈な授業を抜け出し 彼がくるのを屋上で寝て待つことにしたのだ。冬の屋外は寒いが、今日は風もなく陽光も暖かで、 比較的昼寝には適していると言える。

 伊藤は三橋のことを考えていた。

 フェンスに背中を預ける。向かいの校舎から見えるだろうかと一瞬危惧したが、襲いくる睡魔に どうでも良くなって伊藤は目を閉じた。ふわふわと夢の断片のようなものが意識の表面に広がり 始める。だが伊藤の絶対領域であるはずのそこにも、目立つ金髪は無駄に出張ってくる。

(うっとーしー)

 うん、と小さく唸って伊藤は眉を顰める。夢の中で追い払おうと上げた腕は三橋のそれに 捕らえられる。引き寄せられて、耳元に唇が触れる程近く。ただの夢じゃない、囁かれる記憶。

 好きだぜ。

(俺は)

 冗談だよバカッパ。

けたけたと楽しげに笑う顔はくるりと向こうを向いて見えなくなる。三橋が闇に溶ける。金色の消えた 世界は真っ暗になった。

(京ちゃんが)

 魘されるように身じろいだ伊藤の唇が震える。ずるり傾いた身体はそのままフェンスに沿って滑った。 屋内へ続く扉に、身体の真正面を向けて横になっている体勢となる。

 寄せられていた伊藤の眉根がふ、と楽になった。悪夢は終わったらしい。






***





 三橋は伊藤を探していた。
いやもう場所はわかっている。四限目が始まる前に屋上へ行ったのだと隣に座る生徒が教えてくれた。

そのおかげで三橋は、せっかく侵入の成功した教室から今度は脱出を謀るはめになったのである。

 これは昼飯を奢らせるっきゃねぇなどと、毎度ながらの自分勝手な思考を展開させつつ 屋上の扉を開け放つ。さあっと冷たい風が吹き抜けた。思わず首を竦めた三橋は、だが次の瞬間その 首を突き出していた。さらに、傾げる。

(ん?)

 伊藤はいた。横になって眠っている。だが三橋の目には、余計なオマケまで映っていた。

(んん?)

 そろそろと意味もなく足音を忍ばせ、伊藤の正面にしゃがみ込んだ。
幸せそうな間抜け顔を覗き込み、触ろうとして止めた。先刻は離れていたせいで気付かなかったが、 頭のトゲトゲに紛れてここにもオマケがくっ付いている。

 三橋の中でむくむくと好奇心が膨らんだ。

どちらにしようか迷って、結局三橋は最初に見つけた方に手を伸ばす。

 伊藤の尻の辺りから伸び、重なった脚の間を通ってぱたんぱたんと優しく地面を叩くそれ。俗に言う 「尻尾」である。トゲトゲに隠れていた尖った「耳」と合わせると、長くしなやかなそれは黒猫を 連想させた。

(誰の悪戯か知らねーが面白えモン見つけてくんじゃねーか。どうやって動いてんだろ?)

 そ、と先に触れようとすると嫌がるように尻尾は逃げた。伸ばす指をするりするりと躱され、 苛立った三橋は思い切りそれを掴み握った。

「コノヤロー!」

「いっでえええあああああああああああああああああッ!!」

 途端響き渡る伊藤の絶叫。
驚いた三橋が手を離すのと、彼が飛び起きるのが同時だった。直立した伊藤の尻尾がざわ、と逆立ち、 瞬いた目に涙が滲む。ふぅあ、という奇声と共に三橋の姿を認めたらしい彼は、問答無用でその金髪を ブン殴った。

「いてッ!何すんだこのバカッパ!」

「そりゃこっちの台詞だ!テメー人が気持ち良く寝てっ時に何しやがんだよ!」

「何って、だってそれオモチャだろーが何でテメーがイテーんだよ!」

「はあ?」

 三橋が伊藤の背後を指差す。
伊藤は三橋の不意打ちを警戒してか、怪訝な視線を三橋に送っていたが、 やがてゆっくりと首を回した。

 伊藤の脚の長さ程ある尻尾はぴんと立てられ、肩口からその先が突き出している。
伊藤は極間近で、自分から伸びる異物とご対面を果たしたようだ。

「………」

 伊藤の横顔から険が剥がれ落ち、きょとんとした表情が残った。
ぱちくりと音がしそうに瞬いた瞳が揺れ動く異物を追っている。伊藤は一瞬だけ三橋を見たが、 三橋が知るかというように首を振ると己の手で以てそれに触れた。

 感触を確かめるように、下から上へと指が滑っていく。なぞっている間中、伊藤は眉を寄せた おかしな表情をしていた。何かエロイと三橋は思ったが、黙ったまま伊藤を見つめていた。

「………」

 伊藤はまた三橋を見る。三橋は、今度は無言で自分の両耳を引っ張って見せた。一瞬焦った顔を した伊藤がさっと同じ動作をする。そういえば彼の人間の耳はどこに隠したんだろうと三橋は眉を 顰めた。何故か背中に冷や汗が浮いていた。伊藤の指先が柔らかな猫の毛に触れる。すうっと 彼の顔から血の気が引いていった。



 二度目の絶叫が響き渡ったのは、その数秒後のことだった。







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