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 教室に戻る途中で理子と鉢合わせた。

「おはよー三ちゃん!」

 いや、突き飛ばされた。加減を知らないのか加減してもそうなのか、彼女の怪力に三橋は学校の壁へと 頭をめり込ませる。思わず叫んだ。

「いってーな何すんだよ!」

「相変わらず大袈裟ねぇ」

「テメーはちったぁ自分の力を思い知れ!」

「なによー!」

 いつもの痴話喧嘩が始まろうとしたところで、はっと三橋は我に返った。こんなことをしている 場合ではない。

「おい理子。オメー怪談詳しいんだっけか?」

「えっ?べ、別に詳しくはないけど…」

 いきなり肩を掴まれ、理子はたじたじといった体で身動ぎする。三橋は構わず続けた。

「んじゃあよ、猫の呪いとかって聞いたことあっか?轢かれた猫が取り憑くとか、尻尾が 生えるとかよ」

「どうしたのよ急に。三ちゃんそういうの苦手じゃなかったの?」

 廊下の真ん中で話す二人に生徒達の視線がちらちらと飛んでくる。
理子は三橋を端へと引き寄せながら、尋常でない様子の彼に訝しげな調子で尋ねる。理子の声に釣られて か、三橋も小声になった。ぼそぼそとした会話が続く。

「何だそりゃ。この俺に怖いもんなんかねーぜ!

…いやよ、実はついこの間伊藤じゃねぇ本物のオタクと友達になってだな、 そいつがあんまり猫耳モエだのモレだのうるせーからちょっとビビらせて やろうと思ってよ」

 白けた空気が流れた。

「…三ちゃん」

「何だよ」

「本当は何があったの?」

 三橋は内心動揺した。くそ、流石にこいつは鋭いなと思ったが、例え相手が彼女でなくともこの嘘が バレていたであろうことは言うまでもない。

しかし、ここからが演技派三橋の腕の見せ所であった。

「…誰にも言うんじゃねーぞ?」

 真剣な、それでいてどこか怯えたような瞳が上目遣いに理子を見つめる。
周囲を気にするようにちろちろと時折動くそれは、彼の本気を伝えているようだ。理子は高鳴った鼓動 を呑み込みながら、うんと小さく頷いた。

「この間、母ちゃんに頼まれてお使いに行ったんだよ…。で、途中で歩くのが面倒になって、ちょうど 後輩を見つけたから自転車をかっぱら…借りてだな」

「脅したんでしょ」

「細けぇトコ気にすんなよ。そうそれで、店が結構離れててだな、俺は思い切り飛ばしたわけよ。

そうしたら急に猫が…黒猫が飛び出してきて…ブレーキかけたんだけど間に合わなくってよぉ…」

 すう、と理子の顔から血の気が引く。三橋も真っ青だ。煩悶するように頭を抱え、その場にしゃがみ 込んでしまう。

「それ以来、毎晩夢に出てくんだよその猫が…!しかも、何か時々、自分のケツの辺りからこう、 長ェ尻尾みてーなもんが生えてくるよーな感じがしたりして…。
俺は一体どうすりゃいいんだぁ!」

「ちょ、ちょっと三ちゃん!落ち着いてってば!」

 その場で泣き伏しそうな三橋に理子が慌てて背中を叩く。うう、と小さく唸って三橋が顔を 上げた。その目には涙が滲んでいる。

「だから、何か似たような話がねーかと思ってよ…。なあ、聞いたことねーか?」

「そう…ね。そういえば…」

 理子が眉根を寄せて何かを思い出すように首を傾げた。目は心配そうに三橋を伺っている。

「三ちゃん。これはあくまで怪談だから…本気にしちゃ駄目よ?あくまで参考程度よ?

あのね、友達から聞いたんだけど、ある人が車で猫を轢いちゃったんですって。気持ち悪いって反省 もしないで、死体もそのまま放ったらかしにしたらしいんだけど…。
翌朝起きてみたら、猫の耳と尻尾が生えてるの。他の人には見えないらしいんだけど、自分にはそう 見えるのね。それで、声も段々おかしくなってきて、その人は家に引き篭もるんだけど、 日が経つごとに本物の猫みたいになって…。

ある日久しぶりに鏡を覗いてみたら、そこには完全に猫になった自分が映るの。びっくりして家を 飛び出して、その人は車に轢かれて死んじゃうんだけど、それは」

 話に引き込まれていた三橋の喉がごくりと鳴った。元来こういった話は苦手な性質なのだ。嫌な汗が つ、と背中を伝う。また同時に、それとは異なる焦燥感が三橋を苛み始めていた。

窓の外で木々が風に揺れた。ざわりと音が耳を撫でていく。いや或いはこの音は。感触は。



「猫を轢いてからちょうど一週間、同じ場所、同じ時刻でのことだったらしいわ」



怒りに逆立つ猫の尾か。







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